Name  Black Paladin
Birth  1974  4/23
high 177  weight  80+

 多分支離滅裂になるだろうけど色々と俺のことを書いていくぜ!

 まず俺の幼少時代
 俺らの世代は幼稚園は年中年長の2年間だけだった。俺は4月生まれなので5歳になるまでずっと家にいた。アンニュイだった。永遠と思えるほどヒマだったのを覚えている。夕方になると夕焼けロンちゃんという番組があり、それから夜にかけてアニメや特撮があったんだけど、それだけが唯一の楽しみだった。夕焼けロンちゃんが始まるのが待ち遠しくて仕方がなかった。
 俺はモービッド(病的)なまでに集中力や根気といったものが欠けているが、間違いなくこのアンニュイな幼少時代がその土壌になっていると思う。
 幼稚園にあがった。まだ小学校みたいに数字で人を判断することはなく、数字やひらがなを書いたり、塗り絵だったりお絵かきだったり、工作だったり、絶対的な器用さを試されていたと思う。
 俺はそのすべてにおいて見事なまでのダメさ、惨めさをさらけ出さなければならなかった。やはり脳の発達に障害があったのは間違いなく、他の子が当たり前のようにやっていることがまったくできなかった。
 多分工作の教材だったと思うんだけど貨物列車の絵があったんだ。見開きで貨物列車が何台も連結されている下絵があって、よそのページにカラーで書かれている貨物列車の群れがあったんだ。
 で、そのカラーの貨物列車をはさみで切り取り、下絵の中から合っている貨物列車を見つけ出し、のりで貼り付けていくという課題内容だったと思うけど、俺はその第一段階で躓いていた。どうしても上手く貨物列車が切り出せなかったんだ。車輪がなくなっていたり、車両の半分が吹き飛んでいたりしてね。
 俺は号泣しながらその貨物列車の残骸グォグォグォ←悪魔超人風の俺の笑い)を下絵に貼り付けていった分けだけど、やはり上手くできずに豪快にはみ出していた。最終的にできあがった貨物列車は、爆弾テロにあったかのようなひどい有り様だったよ。

 小学校時代
 六年間を通して勉強などほとんどしなかった。家ではもちろんのこと学校でも。授業中は空想であり妄想にふけっているか、女の子にちょっかいを出しているかのどちらかだった。どんなことをしたのかって?文字通りのちょっかいだよ。グォグォグォ。
 一年生の夏休み、いや一学期の終了式の日。小学校にあがってからの初めての大きな休みが明日から始まるとあり、俺はものすごい浮かれていた。で、何を血迷ったのか算数のドリルを、二、三時間ぐらいかけて一気に終わらせてしまったんだよ。冷房なんてない、クソ暑い中ね。
 ひどく骨が折れる作業だったよ。実際何度となくやめようかと思ったけど、珍しく根気よく根性でやりとげてしまったんだ。終わったときはもう完全にヘトヘトのグロッキー。これがトラウマになったのか、これ以降俺の学生生活でドリルの類を終わらせて提出することなんて、一度もなかったね。
 一年生のときの思い出もうひとつ。社会科の授業でお店屋さんごっこをやったんだ。そんなかで俺は電気屋さんをやり、冷蔵庫を10万で担任の女教師に売りつけようとしたんだ。そしたら彼女はなんと、10万円札という訳の分からぬでたらめなお札を作り、俺に渡してきやがった。
 福沢諭吉ではなく聖徳太子の時代にだぜ。っていうか、社会科の授業であからさまに妄想上の札束渡すのはまずいんじゃないの?確かに俺も意地悪で面倒くさいことさせてやろうというひねくれた思いはあったけどさ。
 でもさ、あんた、大人でしょう。しかも俺の担任教諭でしょう。いくら面倒だからって10万円札とか、いい加減なお札作るのやめてくれよ。それとも何、日本経済をインフレにしたくて、そのうちのひとつとして、無知な子どもに10万円札があるって信じこませようとでもしたわけ。担任教師という立場を悪用してさ。
 こんないい加減なエピソードがあったためか、学生時代全般を通して社会科だけは良い点数をとっていた。数字での評価や数字を求めるだけの勉強なんて意味ないし苦痛なだけだけど、学生時代得た社会科の知識は、今でも多少なりとも役に立ってはいるよ。
 もっとも社会人(まともな定職に就いたことなんて一度もないけど)になってから得た知識の方が圧倒的に役に立っているし、多いけどね。それらの知識は教科書以外の俺が選んで買った本であり、あるいはり図書館へ通って読んだ本であるからだ。つまり数字ではなく俺が欲して得た知識だからね。

 一年生のエピソードでだいぶ長くなってしまったな。このままでは卒業まで時間が掛かりすぎてしまいそうだ。なのでダイジェストでいこう。
 その前に唐突なタイミングだけど、俺は日本人というのはごく一部の人を除いて、数字でしか人の価値,、そのすべてを決められない存在と認識している。学校のテストの点数(それと年齢)がその最たるものだろう。
 もちろん俺の点数は社会科を除いて概ね低いものであった。まったく勉強なんてやらなかったし、数字だけを求めさせる当時の授業なんてクソなだけだからね。教師は大嫌いだったし、奴らが教える勉強も大嫌いだった。当時の俺にはどんなに坊主がクソであっても、着ている袈裟が紫色であるならば、殺してでも奪えという考えはまだなかった。
 そう。学校教育で教えるのは勉強なんだよ。知識を楽しんで身につけさせるのではなく、教科書の内容や黒板の内容を無理矢理覚えさせ、そうしたものをテストに出し、点数という数字のみで頭の良い子と普通の子とできの悪い子に分けていたんだ。
 まあ、俺には学習障害があるから集中して物事に当たることは不可能に近かったし、おまけに喘息持ちまであったんだ。ひどいときは二週間近く欠席しなければならないときもあった。点数が取れないのは仕方ないし、低かろうが高かろうが意味はなかったと今でも思っている。
 俺は俺なんだよ。よく言われているように以上でも以下でもない絶対的な自分という存在を知っているし、目覚めてもいる。当時はもちろんそこまで達観してないけど、今から思い返してみるとしっかり、自分で自分を創っていったんだなと感じている。
 ある日多分親父が見ていた番組だと思うけど、ビッグバンを紹介していたんだ。宇宙はこの爆発により始まったとね。で、俺は考え込んでしまったんだ。じゃあ、ビッグバンが起こる前は何もなかったのかよ?そもそも在るってなんだ?ないってなんだ?宇宙の果てってなんだ?宇宙に終わりって来るのか?宇宙の終わりって言うのはあの世まで終わってしまうことなのか?
 どんどん深みにはまっていってものすごく怖くなって来て眠れなくなってしまったのを今でもはっきり覚えているよ。このときから化学で原子やら原子を構成する素粒子を習うまで、俺にとって理科という教科は悪魔(グォグォグォ)そのものであり、とにかく怖くて怖くて仕方がなかった。
 成長した今はあの世の存在も超越した神の存在も否定しているから、怖くはなくなったけど。そう、量子論には少し興味を持つようになってきたよ。物事の根本を突き詰めていく学問だからね。

 体育はどうだろう。身体能力は標準的、むしろ高い方だったと思うけど、球技はあまり得意ではなかった。とくに野球。やはりここでも学習障害が出てくる(グォグォグォ)。バットのグリップの握り方が理解できなかった。あれって確かピッチャーの方に対している腕が下で、キャッチャー方向にある腕が上だったと思うけど、俺はいつ逆だった。なので打球が当たってもいつもボテボテの内野ゴロばかりで、フライやライナーなんてものは皆無に等しかったよ。もっともそれ以上に空振り三振が一番多かったけどね(グォグォグォ)。
 言うまでもないけど図工?絵描いたり彫刻彫ったりする芸術的な教科。やはりダメダメ。習字も含めてね(グォグォグォ)。みんな俺の隣に作品を置きたがるんだ。なぜかって?言わずもがな。俺の作品が隣にあれば相対的に上手い作品に見えるでしょう。それほど俺の創った作品はひどい物だったよ。ドロドログチャグチャみたいなね(グォグォグォ)。
 音楽。意外なまでに天使のソプラノ声だった。でも今は残念ながら出せないぜ。楽器はやはりダメダメだった。六年のときだと思うけどなんか難しそうな楽器をやろうとして、やっぱりできなくて他のパートに変えさせてもらったよ。で、その変わった先がなぜか指揮者だった(グォグォグォ)
 六年間を通していじめられっ子でありまたいじめっ子でもあった。殺意を抱いたときも自殺したくなるときもあった。

 中学時代

 人生で一番辛くて惨めだった時期。部活動で授業で俺はいじめられっ子だった。やはり普通の子とは違ったところが多々あったのだろう。それにデブで性格も容姿も激悪。あ、今でもだけど(グォグォグォ)。
 またこの時期、テストの点数と教師という他人のつけた内申書とやらの成績で、俺やもちろん他のガキどもをランク分けし、俺みたいな最低クラスのランクのヤツは、なんの選択権も与えられず、落ちこぼれダメダメ不良高校へと押しやられるしかなかった。
 楽しかった思い出も面白エピソードもいっさいなし。この厨房時代の三年間で俺が得た大きなものは知識ではなく、はたまた友情やらカノジョでもなく、憤怒と憎悪、それに悪意、殺意、敵意だった。
 大人になった今でも中学時代のことを笑顔で話すランクの高いオメデタイヤツには敵意を抱いている。恨みはない。ただそうしたオメデタイヤツには殺意を覚えるんだ。

 高校時代

 俺は中学校時代のランク分けによりカスのような不良高校へと押しやられた。何度も言うようだが俺みたいな最低ランクのヤツには選択権はなかった。それは今でもそうだけど。
 この時期俺は非常に自堕落に陥っていた。高校では嫌なヤツやどうしようもない不良も居たけど、仲の良いヤツもいた。で、俺はそうした連中やバイト先で知り合った連中なんかと、ほぼ毎日のように夜遅くまで、あるいは朝方まで酒を飲む生活を送っていた。
 昼は眠かったから家で寝ていた(グォグォグォ)。当然学校へは行かなくなる。単位のでない教科もあったが(こういう表現は好ましくないし、謝った考え方tだとは思うが)全体的に頭の悪いヤツが多くテストで問われる内容が小学校並みであったせいか、数学を除いて点数だけは良かったので、なんとか三年間で無事卒業できることはできた。
 ある日の深夜。俺はいつものようにひどく酔っぱらっていた。タバコを吹かしながら(今ではやめている)自転車に乗っていた。家の近所にエホバの商人がありそこの建物の前を通りかかった。国道から少しそれた細い道で車と車が向かい合うと、必ずどちらかがバックしなければならなかった。
 俺はいつも思っていたんだよ。エホバさえ居なくなってくれれば、道路も広くなり車も通りやすくなるだろうってね。俺は思いきって火のついたタバコを、雑草がたくさん生い茂っている部分へと投げつけた。酒の魔力だな。俺はタバコの不始末で建物が全焼してくれと願っていた。
 さすがに家へ着くと不安と期待から眠ることは出来なかった。幸か不幸か翌日前を通ってみたら建物は無事だった。ホッとしたのも事実だけど残念に感じたのもまた事実だったよ。
 ちょうどノルウェーでカウント・グリシュナックやサモスが教会に放火していた時期と重なり合うわけだけど、そころの俺は残念なことにブラックメタルはおろか、ブラックサバスさえ知らなかった。でもキリスト教は大嫌いだったね。今では日本人の腐りきった精神面の大きな要因になっている、儒学であり孔子が殺意を抱くほど嫌っているけど。まあ、ジーザスもヤハエもここ日本では八百万の神々のうちの一体にしか過ぎないしね。ちなみに日本は反キリスト国ではなく、非キリスト国。この辺がノルウェーとは大きく違うところ。
 勘違いしないで欲しいのは、俺は放火未遂をした分けではない。あくまで火事にならないかという思いを込めて、タバコを投げ捨てただけなのである。それにもう15年は過ぎているぜ!グォグォグォ。

 無かった大学時代

 自堕落な高校時代は終わった。卒業後何もしたくはなかった。自殺をも含めて。というより長い人生どうやって生きていって良いか分からなかった。なのでとりあえず大学へ行こうと思った。けど、学習障害のため知識欲がありながらも点数を取る勉強、すべての教科において数を得る勉強に集中できず、また相変わらず自堕落な生活をしていたのでダメだった。まあ、内申書に数のない教科、つまり評価なしがいくつもあり面接のとき、そのことを聞かれたので、点数的にはゼロに等しかったのかも知れなかった。
 またこの当時、俺はまだ自分自身という存在に気づいてはおらず、それゆえ漠然とした多数分の一、まあ、同い年が200万人だとして200万分の一の中で頭のできのわるい、ランクの低いヤツと決め込んでいた。それが一番いけなかったな。
 20歳を過ぎた頃、俺は働かなければならなくなった。でも工場のラインの一部になりずっと働いていくのなんて絶対に出来ないと思っていたし(今でもだけど)、どんな職業(低学歴者ゆえに選択は少ない、働き口は限られる)であれ、60過ぎまで同じところで働いていくことなんて出来やしないと思っている。
 親との口論は絶えず、俺はアルバイト先を懸命に見つけていた。相変わらず働き場所は限られている。見つかっても異常なまでの虚弱体質だった当時、朝から夕方までの立ち仕事、肉体労働に体がついていけず、行ったり行かなかったりでせいぜい十日間ぐらいしか持たなかった。当然親との口論はひどくなっていく。
 当たり前だけどお金はなかった。飲み代はおろか当時必需品だったタバコさえ買うこともままならず、一度吸い終えた短いタバコを吸い直してたりしていた。この時期付き合いのあった友人達ともほとんど会わなくなり、まだまだ幼かった俺は孤独感から気が狂いそうにさえなっていた。
 身から出た錆。何もかも上手くいかず、家では親に職場では他のバイトや社員に口汚く罵られ、俺は日々の中で憎悪と殺意を募らせていった。食うこともタバコも吸えず、仕事も友達も金も何もかもなく。俺の精神は異常をきたし、完全に崩壊する寸前であった。
 またそうなることを願ったが、不幸にもギリギリのところでそれは叶わなかった。
 この時期、阪神淡路大震災が起こった。関東でも起こってくれと願った。そう。毎日、毎日、俺は大きな地震がきて俺もすべての物も壊れてしまえ!と願っていたんだ。
 どうしても同年代で大学へ行っているやつらのことを考えてしまう。俺が憎悪と殺意と発狂の中、あいつらはキャンパスライフやら恋愛やらを楽しんでいるのかと思うと、やはり殺意を抱いた。そうした連中の中には、中学校時代俺のことをいじめていたヤツもいるんだろうと思うと、気が狂いそうなほどの、実際発狂するほどの憎悪を抱いた。
 自殺はしたくてもできなかった。

 それから

 22、3歳の頃。俺は悟りを開いた。自由とは何か、俺が俺であるためにはどうすれば良いのか?自問自答し答えを出した。
 感情にも他人の言動にも流されない。物事を感情や安直な情報足りない知識などで決めつけない。自分の感情や価値観を他人に押しつけない。
 流されない。決めつけない。押しつけない。この三つを守っている限り俺は俺でいられる、自分という存在でいられる。
 そう解脱した瞬間、俺は神懸かり的な高揚感を抱いた。おそらくドーパミンが異常なまでに流出されたのだと思う。とにかく心地よくて、充足感や満足感に満たされていたのを覚えているよ。多分、あんな経験もう二度とできないんだろうな。
 俺の創る作品はどれも悪意と敵意と殺意に満ちあふれていて、血と鉄と精子の精神を貫き、とてもバイオレンスでブルータルで、とんでもなく変態なものばかりだけど(グォグォグォ)、基本的にこの三つを守っていくつもりではいるよ。
 ただし他人から押しつけられるぐらいなら自分の方を押しつけていく。俺の考える絶対的な考え方と、他人の考える絶対的な考え方が違い、物理的にぶつからなければならないとき、俺はそいつを殺してでも自分の考え方を貫いていく。もちろん俺の方も死ぬという可能性も考慮しながら。
 これが覚悟というやつだろう。
 とにかく日本にいる限り社会や他人から価値観であり、人生そのものを強要され押しつけられることがあまりにも多すぎる。また、俺はあまりにも今までの人生の中で辛い出来事ばかりおくってきていた。
 だから社会や他人に対して攻撃的になっている。

 俺はこの時期、超越した神の存在もあの世の存在も完全に否定するようになった。また唯物論者として目覚めもした。だから俺ははっきり言っておこう。悪魔もサタンも信じちゃいないし、否定していると!ただすごく好きだけどね。
 キリスト教を世界宗教にまでしたのはジーザスの死後から数百年後の弱体化したローマ帝国であるし、日本で言えば今日の仏教と家庭との関係を(檀家制度ね)つくったのは徳川幕府でしょう。
 その目的は民衆を感化させ自分たちの政権の安定を図るため。もちろん権力者にとり都合の良いように。
 あの世なんていうのは権力者にとって実に都合の良い存在だ。自分たちの国家以外の妄想上の国家を築き上げ、民衆達に常にそちらに目を向けるよう仕向けたんだからな。今現在、日本の民放各局がやたらと霊魂やら超能力やらといった番組を作っているけど、奴らがどんな意図でそんなもん作るのか、俺は理解しているぜ!
 
 メタルとの出会い。この時期、俺はようやっとメタルと出会えた。俺はサイコパスの本を読んでいたんだ。確かエドゲインやHPLのことが書かれていたと思うんだけど、非常につまらない本だった。終始一貫、私はまともなニンゲンです、社会の一員としてのモラルがあります、みたいなことが書かれていた。テストの答えを述べるが如くの内容。ちゃんと勉強できました。恥を書きたくありません。そんな臭いがプンプンし、自分がれっきとした社会の一員の中で一流大学を出たエリートである、本を出せるほど頭が良いんであるということをアピールしたくて、その相対的というか対局に位置するサイコパスを自分との比較対象として持ち出したんじゃないの?みたいなヒドイ内容であった。
 ジャンルを問わず日本の書物にはそういったクソのような物が氾濫しているように思う。書かれた書物。読むために創られた物ではなく。こういったクソ書物は論語とともに焚書にしてしまうべきだね(グォグォグォ)!
 少し話しが脱線したけど復旧させよう。で、このクソ書物の中に狂人というインデックスがあり、オジーが紹介されていた(グォグォグォ)。そこでブラックサバスのことも書かれていて、少々の金銭的余裕のあった俺は、サバスのデビューアルバムを購入した。俺が産まれるだいぶ前に発売された史上初のヘヴィメタル。本当に基本から入ったんだなと今さらながら思う(グォグォグォ)。
 そのあと、俺は色々なバンドやジャンルのメタルを聴いていった。残念ながら食物を得るために、二束三文の値段で売ってしまいそのほとんどが残ってはいないんだけど。
 中でもスレイヤーのような悪魔主義や暴虐性を全面に打ち出すバンドが好きだった。デスメタルやブラックメタルはもちろん大好きさ!金なくて実は最近になってようやっとメイヘムやバーズムを初めて聴いたほどの(俺の住む地方ではデス・ブラックはもちろんのこと、メタル自体ほとんど扱われていないと言い訳)ベテラン初心者だけど、なんとか頑張って経済的に自立を果たして、余裕もつくってどんどんとエクストリームミュージックを聴いていきたいと思っているよ。
 俺は今までの人生の中でメダルなんてもらったことはなかったけど、メタルと出会えたのはどんな色のメダルをもらうより、有意義かつ良かったことと思うよ。メダルなんていっときの、それも幼少時もしくは冥土のみやげにもらうようなものだけど、メタルは一生涯つきあっていけるからな。グォグォグォ。

 最後だぜ。俺がメタルに求めているのは反社会的であり世間に対してアンチなこと。暴虐性や美しさや悲哀さを伴いながら(グォグォグォ)。それともちろん自分らしさをね。どのバンドも、たとえばカンニバルコープスならカンニバルコープスを聴いているとき、カンニバルコープスがが一番だと思うし、ラプソディーならラプソディーを聴いているとき、ラプソディーが一番だと感じる。この一番を感じさせるのが自分らしさを持っているバンドだと、楽器をいっさいできない俺は思っている。もちろんサバスもスレイヤーもダークスローンもみんな一番さ!
 メタルにとっての十字架は愚衆心理の象徴なのだと思う。教えられた知識、モラル、正義、様々な価値観を鵜呑みに盲信している連中。自分の頭でしか物事を考えられないのにそのことに気づかず、いつも大多数の考えを大多数とは異なる考え方を持つ人に対し押しつけてくる連中。そうした連中が鵜呑みに盲目的に絶対的なものと信じ込んでいる、その偏見の象徴、十字架。自分らしさを求めているメタルはだからキリスト教であり十字架を嫌っているのだと思うし、アンチでいるのだと思う。
 日本は先ほども言ったが非キリスト教国。だから善vs悪、光VS闇というふたつの世界が対立する構図は成立してないと俺は思っているんだ。儒学を元にドロドロで曖昧な混沌とした海が広がっていて、そこに神やら仏やら悪魔やらの気泡が漂っている状態。俺はそんなふうに日本の、世間とやらのみなさまがたの精神世界を捉えている。
 幼い頃、一方的に決めつけられた点数、はたまた評価や評判で人生のすべてを決めつけられてしまう、日本という社会。またそういう偏見に満ちた社会を容認している、当たり前という言葉さえ当てはまらないほど盲信している、世間という人間の集団。
 ロックなし、文学なし、最高学府なし。社会の一員しか出てこない、また出さない日本という非文明国。そうした国の愚民ども!
 そうした連中が唱える”愛”。間抜けな大日本帝国が名実ともに負け犬になった瞬間、アメリカやシナをはじめとする勝ち組から、愚民どもを感化するために持ち込まれた概念。キリスト教。元来はっきりとした形での絶対的な教典を持たない民族に、聖書をすべて理解することはできないが、”愛”だけは見事に吸収した。
 銃後的反戦争主義という矛盾した、偽りの民主主義国家に適した形に変えて。なんといびつで醜いハートなことか!
 俺はそうしたものすべてに対してアンチで居続けていく!きっぱりと言い切ってやる。俺が俺で居続けるために俺はアンチ・ラブというアティチュードでありポリシーを貫いていく。そして”愛”などというものはこの世に存在しないことを証明し、日本はおろか世界中にアピールしていくつもりである。(その前に英語の読み書きを覚えなければ。。。。)

 本当に最後(グォグォグォ)。俺は生死という言葉が嫌いだね。本当ヒドイ略語。
 生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生。。。死。
 なんだよ、人生って。
 人間生きていれば色々な出来事に遭遇しそして様々な感情を励起させられる、つまり刺激させられる。怒りであり、憎悪であり、悲しみであり、喜びであり、もっと別の感情、言葉に出来ない動物的な衝動であったり。
 俺は今までの人生で怒りや憎悪を励起させられる出来事ばかりであった。また生きていく上での選択肢は低学歴である故に極めて少ない。
 未来、将来。よく人は言うが俺には世間一般で言うようなそれらはない。希望なんて抱けやしない!
 ただひとつはっきりと分かる未来は死。どんな人間にも、たとえば100年後に産まれてくる赤ん坊にも言えること。生をいくつも積み重ねていきそして死ぬ。
 孔子は四十にして惑わずとほざいた。はっきり言って知恵遅れだ。
 俺には悟りという理性がある。だが究極の悟りは絶望だと考えている。
 俺は40歳になる一日前、これ以上生きていたところで苦しみしか続かない、その隙間にちょっとした息抜き程度の幸運があるに過ぎない。そう確信的な絶望という究極の悟りを得て、自殺する。
 俺は1974年4月23日生まれだから、2014年の4月22日に自殺する。そう予言しておくぜ!