20回目の韓国        加藤 洋男

 ついに韓国行き20回目になった!最初にツァーで行ったのはちょうど30年前になる。夜10時を過ぎると外出禁止令がしかれていた時代だった。その後ブランクがあって86年の正月、93年、そのあとは毎年、ここ四五年は年に二三回行っている。最近韓流ブームで韓国に行き始めたオバチャン達は足元にも及ばないぞ!!私の韓国行きは年季が入って筋金入りである…。(でも、結局オタクってことですか!?)

 今回はハングル教室でご一緒のKさんとお友達のIさん。やはりハングルでご一緒のToさんとお友達のTaさん。私の友達のNちゃん。今回も一昨年の10月以来、ナムジャ・男は私一人のハーレム旅行?となった。今回は私の飛行機代と、宿代をガイド料替りに分担していただいた。カムサハムニダ!


  河回村ハフェマウル渡し舟        実りの秋、稲刈り直前の稲穂と銀杏の黄葉

2005年10月24日〈月〉
 予約するのが少し遅れたのかインチョン空港に夜9時半に着く飛行機になった。今回はノースウェスト便だったが成田のセキュリティーチェックでToさんがランダムチェックと言う検査に当たってしまい、荷物を全部開けて検査されたのには温厚な私?も思わず抗議!テロ対策で神経質になっているのは分かるが、無意味で不愉快な検査だ。

 旅館に着いたのは11時半近くだった。でも食堂や屋台はまだ開いていて、月曜日なのに結構まだ賑わっていた。日本とは夜の賑わい時間は2時間くらい時差のある感じがする。Toさん得意の太巻き寿司がありがたかった。旅館の方にもお土産であげたら大変喜んでいた。

 Nちゃんは昼過ぎに関空からソウルに着いていた。地下鉄であちこち一人で歩き回った様だ。電話ではカードで、旅館代が払えると聞いていたのだが、現金でないとだめという事で、現金でも払えるお金を持っていって良かった。しかも両替もできるという事で1000円が9000ウォンで7万円分、両替してもらった。空港では85だったから2千円分しか両替しなくて正解だった。

 ToさんとTaさんは二人一緒の部屋の方が良いと言うことなのだが、6部屋予約していたので6部屋分払うと言った。でも6部屋分で合計552000ウォンだったが旅館のお兄さんは50万ウォンにしてくれた。6人が4泊してこの値段は安い!世和荘旅館セファジャンヨーグァンは05〜06版の、地球の歩き方のソウル編、韓国編ともに載っている旅館だが今回は割合空いていた。私は売店でマッコゥリを買い、寝酒に飲んで熟睡した。
(お金の表記は計算が面倒なので10分の1の円表記。表記より少し高めだと思ってください。)


10月25日(火)
 旅館を8時に出てみんなでいつものハンデククで朝食。タプコル公園の正門から見て右手にある店で、交番の左から入ってすぐ。干し鱈と豆腐と大根のスープにご飯が付く。クッパ・雑炊にしても別々に食べてもかまわない。小魚の塩辛を少し入れるといっそう美味になる。もちろんカクテキ、キムチもついて200円!!私は顔なじみになってしまっている。この日オモニは腰が痛くて休んでいた。

 9時からタプコル公園を見学。柳リュウさんという80過ぎのハラボジ・おじいさんがボランティアでガイドをしてくださった。若いときには北海道で強制労働に狩り出されたという事です。少し言葉がはっきりしなくてわかりにくいところもあったが、12枚のレリーフの説明など、詳しく理解できて良かった。1919年の、三一独立運動の発祥の地として日本人は決して忘れてはならない場所だ。

 
    昌徳宮チャンドックン・後園


 タクシーで昌徳宮チャンドックンまで行ったら10時前に着いてしまった。10時半の日本語ガイド見学まで休憩。奥の庭の後園は少し色づき始めていた。11月中旬頃が良いかな?今回のガイドさんは日本語が結構達者だった。それにしてもここは私も好きな所で五回以上見学しているが一度も同じガイドさんにあたったことが無い。何人くらいいるのだろう?今度聞いてみよう。結構歩く速度は速くて付いて行くのが大変。今回同行の皆さんは健脚で、遅れることなくガイドさんの説明を聞かれていたので嬉しかった。

 仁寺洞インサドンまで歩いて15分くらいだったので、徒歩で『客園・ケゴン』まで行き食事。ここはお昼だけでなく一日中定食が食べられるが、おぼろ豆腐・スンドウプ定食、ケゴン定食が500円。一番高い定食でもカルビの煮付・カルビチム定食が1000円と言う安くて美味しいお店です。ちょうど6種類の定食をとり、トンドン酒も飲んで一人700円ですんでしまいました。他にはプルコギやイシモチのムニエル、チゲ、パジョン、大茶碗蒸!?他にキムチはじめ、色々な副采が並んで豪華な昼食になりました。

   
   昼食、客園ケゴン             仁寺洞・インサドン


 インサドンは、昔は骨董、陶器の街として知られているが今は色々なお土産物屋も並び、おば様達・アジュマドゥルには、こたえられない街の様です。Toさんは娘さんに頼まれて首飾りにする紐を探し、Kさんは名刺にする韓紙を探し、その他色々ショッピングを楽しまれていました。韓国刺繍院と言うお店では、私が『時間がないよ。シガンオプソヨ!』と言ったら店員さんが笑っていました。

 韓国観光公社で催し物を聞いたら、普段は週末だけやるけれど今はシーズンなので伝統芸術祭を、国立国楽院でやっているという事で、夜鑑賞する事にしました。ちょうど10月に完成した清渓川チョンゲチョンの通りを旅館まで歩いて帰ることにした。かなりの水量で漢江ハンガンから汲み上げているという事だったが、大量の電力を使っているなと思った。平日でも結構な人が川辺を歩いていた。

 
     清渓川チョンゲチョン

 鐘路チョンノにあるPascucciと言うお店で休憩。コーヒーや、飲み物を頼んだ。ここでハップニング。私とIさんがエスプレッソを頼んだのにいつまでたっても出てこないので、「注文した。早く早く!」と言った。アガシ店員は怪訝な顔をしていたがあんまり私の剣幕がすごいので、大き目のカップに二つ注いでくれた。6人でしばらくお話してふと伝票を見ると、何とKさん達のトレーに一緒にエスプレッソがのっていた。セットのエスプレッソだと思ったのが私達のだった。みんなで大笑いになった。ややこしくなるのでそのまま旅館に帰ったが、店員さんごめんなさい・ミアネ、アガシ!

 旅館で少し休んで3号線地下鉄に乗り、南部ターミナルでシャトルバスに乗り換え国楽院には18:30分過ぎに着いた。ところがお目当ての踊りは立ち席しかないという事だった。それで大劇場でやっている公演鑑賞に切り替えた。2000円と少し高めだったが結果的に大満足!!五つのプログラムだったが、重要無形文化財の方達の踊りと演奏だった。

  
    プログラム表紙           出演者写真

 最初はサルプリという踊り。78歳のおじいさんが女装して踊る。少し背中が曲がっているが、見のこなし、特に腕の動きは見事だ。 2番目はカサベックサと言う歌。大琴、ピリ、など4種類の民俗楽器の伴奏で朗々と歌う。 3番目はコムンゴ散調。コムンゴとは琴に近い楽器だが、カヤグムが爪で弾くのに対して棒のようなバチで弾く。時には強く弾いたり叩いたり、打楽器的な効果も出す楽器だ。コムンゴ16人とチャングという太鼓の演奏は大変迫力があり私は一番印象に残った。 4番目は日本人にもお馴染みのパンソリ。アジョシは60歳という事だが油の乗りきった感じで、言葉はわからないが多彩な声の表現に圧倒された。コスという太鼓を叩きながらの相方との応答もリズミカルで気持ちの良い物だった。 最後はコボプという太鼓の演奏とパンソリ。太鼓の演奏は少し単調で眠くなった。パンソリはやはり迫力があった。

 ……と、いう事で2時間近い時間があっという間に過ぎた。チケットは三階の席だったが、開始間際に係の人が、前の空いている席に行ってください、とまわってきたので、一階のかなり前の席で鑑賞できたのも良かったかもしれない。日本では、自分で空いている席に移る事はあるが、係の人がわざわざすすめにくるとは、考えられない事だ。

 旅館に帰って、これも恒例になっている近所のコチュジャン・サムキョプサルで豚肉の焼肉。Nちゃんは食欲が無いという事で、5人で4人前頼む。マッコゥリはほとんど私が飲んだので私が払って、ご飯は2人前頼んで一人500円で済んだ。

  
       稲刈り間近の田んぼ           村の象徴の大木・名前忘れた。

10月26日〈水〉
 今日は安東アンドンからバスで河回村ハフェマウルに行く。朝5:45分、旅館発。東トンソウル発、アンドン行7:00発。料金はデラックスバスで15100ウォンだから大体1600円位。3時間弱乗って10:00少し前にアンドンに着いた。ハフェマウルまでのバスはガイドブックや、タクシーの運転手さんに聞いたら10:20分だったが実際は10時30だった。私の記憶よりバス乗車時間は長くて約40分後に村の入口に着いた。バス代100円。結構気性の荒い運転手さんで、料金の事で怒られたような気分になった。

  
        稲の束ね方が日本と微妙に違う


 入場料が200円。村の保存管理維持に当てるという。ボランティアのガイドさんが二人、丁寧にガイドをしてくれた。しかし11年前に訪れた時とは大違い!!団体旅行のバスが何台も駐車して、遠足の子供達がぞろぞろ歩き回っている。すっかり有名な観光地になってしまっている。韓国でも昔の建物やたたずまいが残っている所は、今はもうあまり残っていないからだろう。エリザベス女王も5年ほど前に訪れて、記念館もできていた。それにしてもこれほどとは……。
村の象徴の、大木のある所、両班ヤンバンの旧家などを案内してもらった。有名な北村家、南村家は次の日一人で散歩したときにまわったが、両家とも工事中だった。有名な俳優、柳時元リュウ・シウォンさんの実家もあり、ちょうど母親が出かけるときだったので、玄関が開いて、中も見せてもらった。父親もおられて、Toさんは大感激!

お昼はガイドさん推薦の松畑食堂ソルパシクタンで、食べた。アンドン名物のチムタクという鳥煮こみ料理4人前2千円、Kさんは鳥がだめなので定食2人前千円。チムタクは大皿に盛って出てきたが、色々な野菜と煮こんであって少し甘味もあり、大変美味しい料理だった。定食はこれもアンドン名物の干し鯖の塩焼きでこれも美味しかった。量も多くて、全部食べきれないほどだった。

  
     安東アンドンの郷土名物料理、チムタク。マシッソ!!

 食事の後、渡し舟がまだあるという事で乗り場まで行って見たが、船頭さんが留守で向こう岸に渡れず、残念だった。河辺でアジョシ・おじさんが大量の銀杏の実を洗っていた。

   
   千葉組・集合                渡し舟と向こう岸

  
   見事な銀杏の木             両班ヤンバンの家

 さて、今回泊まった『静かな家11号』というミンパク・民宿。 ハルモニ・おばあちゃんは結構、名前に反して賑やかで陽気なおばあちゃんだった。部屋は一応小さい部屋を入れて5部屋予約したはずなのに、あまり通じなかったのか、大きい部屋に4人で5千円、Nちゃんが風邪で夜中咳が出て迷惑をかけるからと小さい部屋で3千円。もう一部屋は小さい部屋は先に予約が入っているからという事で、私が泊まる大きい部屋を本当は5千円といわれたが、予約はしているので、お嫁さんが3千円にしてくれた。運悪く前日、部落の水道の掃除をしたという事で水が出なくて汲み置きの水だった。風呂は無いがシャワーはあるので、水が出れば結構快適な宿だと思う。

 夕方7時まで休憩にして、私は昼寝をした後、一人で1時間ほどブラブラした。11年前に泊まった民泊を確認した。一応民泊の看板は出ているが、あまり人の気配が感じられず、開店休業の感じだった。11年前は2軒しか営業していなかったのに……。今は20軒以上あるという。まさに時の流れを感じる。人がいなくなるとやはり素的な田舎だと再認識する。

 


   
     11年前は舗装されていなかったと思う。  11年前蚊帳を吊って泊まった民宿。なつかしい!!

 
  
                              海鮮チジミ・ヘムルパジョン〈半分以上食べかけ〉


 夜は、民泊のおばあちゃんから家で食べないかと言われたが、メニューは昼食べたチムタクと言われたので、昼と同じ食堂でヘムルパジョン・海鮮チジミを4人前頼んだ。1人前400円と大変安く量も6人でちょうどだった。ソウルで食べると一枚1300円はする。やはり、ソウルと地方の物価の差を感じる。昼の残りを包んでつまみにして、ソジュ・焼酎を飲み熟睡。


10月27日〈木〉
 朝飯を8時にしたので、6時過ぎに起きて一人で散歩。すごい霧で、おばあちゃんに門の所で会ったら「アンゲ!」と空を指差して言われた。因みに虹はムジゲと言う。

   
   蕎麦畑

   

   



         案内板


 写真を撮りながら村中を歩き回った。やはり人がいないと、典型的な素的な田舎と言う感慨を持つ。霧の風景もまた趣がある。ちょうど稲刈りの時期で銀杏の黄葉と稲の黄色が素晴らしい。田んぼの脇の横断幕に書いてあった文句は『無農薬米、予約販売』であった。パンメが何かわからなかったが、散歩しているうちに販売だと、ひらめいた。宿に帰って辞書で確かめたらやはりそうだった。

  
      米は命だ! 無農薬米・予約販売

 朝飯は干し鯖の塩焼きやたくさんのおかずが並びいずれも非常に美味しい食事だった。値段も一人700円と高めだがこの美味しさだったら納得したい。冬瓜?の煮付や野菜のナムル、カクテキなど、どれをとっても良いお味だった。

   
                       民泊・朝食

   


 食事の後、Toさんがリュウ・シウォンの実家の前で写真を撮りたいという事で、皆で荷物を置かせてもらって散歩。旅館に帰る途中近所のアジュマ・おばさんが「シウォン!?」と訊いてきたので結構新しい観光名所になっているのだろう。民泊のおばあちゃんは名残惜しそうにバス停まで送ってくれて、ハフェ名物の仮面のキーホルダーを皆にプレゼントしたが、私の分だけ足りなかった。かなり可笑しい場面で、皆が笑い、でも正直、私は少しむっとした。でも私がトイレに入っている間に、バス乗り場の前の店で同じものを買ってくれて私に渡すようにと言って帰られたと言う事だ。この辺の機微が、なかなかのもんです。写真を添えてお礼の手紙を書かなくちゃ…。

   
       リュウ・シゥオンさんの実家   郵便受け?使用人にお金を渡した所?謎の穴

   
       銀杏の黄葉              かささぎ・カッチの巣
 

 アンドンへのバスは座席バスだったので140円位して地元の人も戸惑っていた様子だった。お釣りが一人分足りなかったので、コスルムトンオプソヨ!と言ってわずかな金額だけれど払ってもらった。アンドンからのバスの運転手さんとは対照的な人で、神経質なくらいに掃除をして、何とバスの車内BGMはクラシック音楽、ウェーバーのクラリネット・コンチェルティーノだと思うが格調高い雰囲気でした。「クラシック音楽好きなんですか?」と聞きたかったが、降り口は後ろで聞く機会を逃した。

 
   陶山書院トサンソゥオンへの途中から見た洛東江ナクトンガン

 

 10時半にアンドンに着き、前からの念願である陶山書院トサンソウォンという名所に行きたかったが、12:20分までバスがない。タクシーの運転手さんと交渉して往復3000円で、現地で30分ほど待ってくれる、という話がまとまりました。これなら一人千円だからバスより高いかもしれないが、かなりお得です。行きは2台目の運転手さんが道を行きすぎて10分以上遅れるトラブルもあったが、後は順調に陶山書院を見学する事ができた。洛東江ナクトンガンを見渡せる風光明媚な場所にある。かなりの山奥で、これなら雑念に惑わされること無く、落ち着いて色々な思索にふけることができるだろうと思った。李退渓イ・テゲは1000ウォン札の肖像にもなっている有名な儒学者で、日本の儒学にも大きい影響を与えたと言われている。

   

   


   


 運転手さんとは前の日にロッテが日本シリーズで優勝したので、色々話して盛り上がりました。イ・スンヨプ選手は日本に来る前アンドンの地域のチームに所属していたという事でした。我々はロッテのホームグランドの千葉に住んでいると言ったら嬉しそうに笑っていました。

  
   安東アンドンのバスの中から撮った塀に描かれた綱引きの絵


 お昼は運転手さんおすすめの店でうどんとキンパ・海苔巻きを頼んだ。味もボリュームもなかなかの物で、キンパは食べきれずにお持ち帰りにしてもらった。13:30の東トンソウル行きに乗って旅館に6時頃着いた。少し休憩して明洞ミョンドンへ食事。

 Taさんはビェンナ眼鏡で老眼鏡とサングラスを誂えた。今回は古宮コグンと言う店で石焼ピビンバを食べた。800円で、やはりおいしい!今回は石焼だが全州伝統ピビンバと言うのが値段も1000円するが具の内容が豊富で美味しそうなので次回はそれを食べてみたい。

    
                   古宮コグン、副采と石焼・トルソピビンパ


 旅館に帰らずに、新人3人と私はタプコル公園側の裏通り・ピマッコルにあるマッコゥリの家に直行。Kさんの話では最初にソウルを訪れる人はあそこに行くのが義務!という事で大笑いした。三人とも金盥に入って出てくるマッコゥリにビックリ。店のオモニともお話できて楽しい時を過した。

  
         マッコゥリチプ

  
              卵焼きホットサンド


19月28日〈金〉
 実質的な最終見学日。朝はやはり歩いてハンデククで食べる。ここで新人三人と私は景福宮キョンボックン、KさんとNちゃんは徳寿宮トクスグンに別れて見学することにした。待ち合わせはタプコル公園前で12:30。

   
  勤政殿クンジョンジョン・週末イベントリハーサル   慶会楼キョンフェル

   
     香遠亭ヒョンオンジョン              オンドルの煙突、小学生遠足
    
   
       勤政殿                   衛兵さん達と



 この日の午前は小雨。勤政殿クンジョンジョンでは週末のイベントのリハーサルをやっていて、中にはいれなかったので先に奥の建物や、香遠亭、慶会楼などを見学した。奥のミンピ虐殺記念碑はまだ工事中で入れなかった。最後に勤政殿も見学して門の所では衛兵と並んで記念撮影をした。

 12:30タプコル公園前再集合。徳寿宮トクスグン組はやはり崔チェさんのガイドで見学したという事でした。かなり専門的な事も風邪をひいていたけれども丁寧にお話してくれたという事でした。Kさんのお友達、E君オモニとも再会。南舗麺屋ナンポミョノクへ冷麺を食べに行く。やはりここも私好みの冷麺屋で麺もスープもおいしい。替え玉を一つ頼んで足りない人は少しずつ分けて食べた。

 Taさんの眼鏡を受け取りに明洞まで歩いていく。確かに隣町ではあるが距離はかなりあった。時間もかなりかかったし午前中も歩いたので、E君オモニに反対してもタクシーを使うべきだったと反省する。眼鏡を受け取る間にすぐ前の明洞衣類の店で他の人達に見てもらった。Kさんはマフラーを買われていたようだ。Taさんの眼鏡は少し検眼と違う度の眼鏡が入っていたようで、やりなおして、旅館まで届けてくれることになった。明洞は東京の渋谷と新宿を足して2で割ったような町で。かなりの人出と喧騒に、おじさんは疲れる。用事が無ければあまり何回も行きたくない街だ。

 この日は国立博物館移転開館の日だったので行く予定にしていたが相当の混雑が予想されるので強い要望のあったIさんの了承も得て、次回にと言うことにした。11月いっぱいは無料拝観なので相当な混雑が予想される。

 地下鉄に乗り、鐘路5街・チョンノオーガまで行って広蔵市場カンジャンシジャンで明太子などの買い物。家庭用500gが1200円と安い!チャンジャ・鱈内臓の塩辛は1000円。日本で買うと五六倍はする。私は明太子1kgと500gを二つ、チャンジャ500gを二つ買った。Toさんは明太子を5個くらい買われていた。皆さんもそれぞれ買っていた。プラスチックの箱に入れてくれてテープで完全密封してくれる。カードも使え、円でも買い物ができる。私の顔を見ると主人夫妻の顔がパァーッと輝く。前に、社長さん!と言われたのでそれだけはやめてもらった。岩海苔を4袋ほどサービスでいただく。

 Taさんが別の海苔が欲しいと言うので乾物専門の店に行った。こちらの海苔のほうが専門店だけあって私の口には、あった。この店はアジョシが一人でやっている店で、カードは効かずに、両替屋さんがすぐ来てくれて、やはり1対9の率で両替してくれる。私も、千葉組からお金を多めにいただき、次の日空港までの、4人のバス代を払う約束になっていたので5千円を両替した。干鱈も安かったので200gだけ買った。

 地下鉄で一駅のチョンノ三ガまで乗って旅館で休憩。KさんとE君オモニは何処かでお話をするというので別行動。私は旅館でリュックとカバン二つを持って登山具屋さんに買い出し。今回はかなりの量だったので帰りはタクシーを使う。ワンメーターの190円だったがあまりにもありがたくて、3000ウォン約330円払った。降りるときに運転手さんが「オートバイ!!」と言ってくれて後から来るバイクにぶつからずに済んだ。コマゥオヨ! 旅館に戻ったのは6時過ぎだったが、Kさんと7時半にタプコルで待ち合わせていたので1時間ほど休憩。

  
      仁寺洞・サドンミョノク クンマンドウチョンゴル・大餃子鍋
  

 最後の晩餐はアジュマドゥル・おば様達の希望で大きい餃子屋さん・クンマンドゥの店、サドンミョノクで食事をした。本当に大きい餃子の鍋物で具も沢山入って堪能した。

 C先生の臨時で教えてくださったS先生が結婚してソウルに就職したので来てくださり、色々な話しで盛り上がった。赤ちゃんの写真も沢山見せてもらった。

 でもC先生が寮の抽選に当たり、教室もやめられるだろうと言う事を聞き、一気に気持ちがしぼんだ。Kさん、Toさんも同じ気持ちの様だった。こんなすばらしい先生にはもう巡り会えない気がする。


10月29日〈土〉
 余裕を見て朝7時に旅館発。旅館のお兄さんとは、また来年来るからという事で握手をして別れた。夕方関空に向けて立つNちゃんはお見送り。 バスもすぐ来てかなり早めにインチョンに着いた。例のランダムチェックが今度はKさんに当たり、大きい荷物は預けていたのでたいした事はなかったが、アンケート用紙で、こんな無意味で不愉快な検査はやめる様、強く抗議した。


                        
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