15回目の韓国 チンド・モッポ・ソウル

 ついに韓国行き15回目になった!今回のメーンは珍島チンドの海割れ。天童よしみの歌に歌われている『海が割れるのよ〜♪カムサハムニダ』の、あのチンドです。

 メンバーは私の父親、80歳、近所のアジョシMさん、大阪の女友達、Nちゃん、の4人です。

 
2004年5月5日(水)
 成田組3人はMさんの奥さんに京成八千代台の駅まで送ってもらい、予定より少し遅れて午後インチョン空港に到着。大阪のNちゃんと合流。私は出口が一つだと思っていたが良く見たらA〜Eまで5つもある!『ガイドサンしっかりしてや!』と早速Nちゃんよりお叱りを受ける。両替をすませる。今回は去年より少しレートが下がって100円が約1040ウォンの計算になる。今回はウォンを数字のみで表示したい。実際の円は表示の十分の1より少し安いと思っていただければ感じがつかめると思う。

 旅館でも珍妙な行き違い。私はソウルでの4泊分を全部払うつもりでいたが、旅館のアジュマは一泊4部屋分だと思って計算が手間取った。23000の4泊×4部屋分36万8千を一度に払った。アジュマは、本当は土日は25なんだけど連泊するから、この値段でいいようなことを言っていた。

 明朝の珍島チンド行きのバスの予約切符を買いに高速ターミナル(コソクトミノル)まで三人で地下鉄に乗る。乗り場が『地球の歩き方』(以下『地球』と略す)のガイドとはすっかり変っていた。NちゃんがHPホームページのソウルナビで事情を知っていて助かった。

湖南線ホナンソンのバスはセントラルシティという新しいビルにまとめられていた。因みに本屋で、04〜05版の『地球』を立ち読みしたらその部分は欠落していたので、編集していたときに、建設中だったのだろう。お兄さんアジョシに案内されてチンド行きのバスの切符を4人分買う。

 料金表示が出ていなくて、売り場のアガシ娘サンに『シンマンなんとかかんとか…』といわれてパニック!小声の日本語で、チュウマン…、と言われてやっと気がつく。一人25800だから4人で10万3200、十はシプだがマンがつくとシンに変化する。 でも直通でチンド行きが買えてまずやれやれ。座席番号13番目くらいだから前日に買っておいて良かった。

 父も一緒に、昨年も食べた旅館の近所の焼肉屋さんでテジ(豚肉)カルビを食べる。結構辛い。ハングル表示を見たらコチュジャンテジカルビ(辛みそ豚のカルビ)となっていた。でも炭焼きで結構おいしい。チシャ菜でくるんで食べる。父は食べなれないのでくるむのがうまくいかずに苦労していたようだ。ご主人は大阪にすんでいた事があるという事で結構日本語が話せる。

5月6日(木)
 朝6時に出発してコソクトミノルまで地下鉄。切符は昨晩買ってあるので、食堂で皆さんはウドン、私はラーミョンを食べる。ウドンは3500、ラーミョン(インスタントラーメンを調理)は2500。普通の相場より1000くらい高くて、味も量もいまいちだった。

 チンド行きバス 7:35発。一列3人掛けで前後もゆったりしている。二回ドライブインで休憩。CD売り場で、ハングル講座の趙先生より頂いた『恋は遊びじゃないのよ』『あなたのせいよ!』が、かなりの大音量で鳴っていて思わず口ずさむ。

 午後1:20 チンド着。 バス停から10分ほど歩いた食堂クンナクジョフェグァンでテンジャンチゲ定食を頂く。5000、安い! 海産物、野菜を中心に10品ほどおかずがつく。 中に固い魚の干物があって、これは噛み切れなかった。店員アガシの愛想全くなし。部屋を出た計算所の脇に、ホヤ,なまこがたらいの中にたくさんいた。『ヨギ、ホヤ・モンゲ? なまこ・フェサン?』と言ったら少しにっこりしてくれたかな?

 海割れ会場、回洞フェドンまでバスを待っていると、年増のアガシが色々話しかけてきて、少しハングルを勉強していると言うと大変喜んでくれた。少したってから紙幣を出して『コピー(コーヒー)なんとかかんとか?』と聞かれたので、コーヒーの両替のお金がありますか?と聞かれたと思って、アニョ、いいえと答えたら困ったような顔をしていたが、なんとコーヒーを自動販売機から4個買ってくれた。彼女は途中のバス停で降りていったので、地元の人だと思うが、少しでもハングルを話す、日本人がいたので、何か好意をあらわしたかったのだと思う。カムサハムニダ!

  
         南道野良歌


 バスに乗って観光客が何人か降りたので、そこが回洞フェドンだと思ったら、一つ手前のバス停だったようで30分ほど会場まで歩いた。途中たくさんの色々な屋台が並んでいた。食べ物屋、居酒屋、お祭りの夜店で売っているような品々、それに潮干狩り用の色々なグッズのお店。長靴は黄色いド派手な色で、腿のあたりまでの長いのが主流だった。このわけは後でわかった。 海岸では子供達がボートを繰り出してさかんに歓声を上げていたが競争なのか何なのか目的が良くわからなかった。後で瀧口さんに聞いてみたら近所の『青少年修練舘』の海洋訓練という事でした。

チンドの海割れは巨大なお祭り行事だと言うのが良く理解できた。行事の一環として海割れの近くの特設野外劇場で、地元の民俗芸能を上演していた。一つ手前で降りたので『チンド太鼓踊り』は鑑賞できず、『南道野良歌』が始まるところだった。 私は民俗芸能が大好きで、すばらしいものに接すると血が騒ぐ。ガイドの本分を忘れて一人で舞台前の良い所に行ってしまい後でNチャンからきつくお叱りを受けた。ミアナムニダ!ごめんなさい!

南道野良歌は日本の民謡と違い、振り絞るような発声。日本の浪花節にあたるのだろうか、パンソリの原型のような気がする。田植えの格好なので、アジュマ達が膝上まで捲り上げて踊る。少し色っぽくてユーモラスな感じがする。


南道野良歌 歌い手                    タシレギ 破戒僧

 
タシレギ ヤンバンと女装妊婦              農楽

次のタシレギは葬式のときの芸能という意味だ。Mサンが気をきかせて、客席も海割れの方に流れて空いてきたので4人そろって鑑賞できた。タシレギは葬式の日本で言う精進落しの儀式のような感じの芸能で、破戒僧と両班ヤンバンと庶民が色々卑猥な会話も交わしつつ,最後は男性アジョシが扮する妊婦が子供を産んで、めでたしめでたし!という、私は何回か仮面劇などでお目にかかったパターンの芸能だ。

 大体の筋は理解できるが、卑語、方言も入っているのか言葉は断片的な単語以外解らず、回りの韓国人が笑い転げているのに、つんぼ桟敷に置かれたようで、もっとやはりハングルを勉強せねばと思った。 結構時間が押したので、次の農楽はかなり時間が短くされたようだ。私はこの間、お宿を世話してくださった瀧口さんのブースにお邪魔したが、彼女は他の用事で会えずに、お土産だけを渡して、他の日本人スタッフの方とも色々お話して席に戻った。

 
カンガンスウォーレ 1                    カンガンスウォーレ2 歌い手

 
カンガンスウォーレ 3                    カンガンスウォーレ 4 

 
カンガンスウォーレ 5                   カンガンスウォーレ 6

 
カンガンスウォーレ 7                   カンガンスウォーレ 8

 
カンガンスウォーレ 9               私の父親 チェ・アボジ 後ろ、海割れ始まり

 そして、いよいよカンガンスウォーレ! 今回のメーンはもちろん海割れではあるが、私は、正直に言うと、極端ですが、今回これだけを見に来たかったのです!!アレンジされた合唱音楽を聴いて、写真も見て、これはきっとすばらしい芸能だと思ったのですが、やはり予想以上にすばらしかった。父の話では足の動きが日本の能の動きと同じだったという事でした。 優雅で、気品があって、本当は旧盆、秋夕チュソクの晩に月明かりの下で踊られるそうです。もう一度その状況で鑑賞したい!! 

 韓国の芸能や、映画を見ると何故か涙腺が緩んでしまうのですが、涙があふれて止まりませんでした。DNAのどこかが繋がっているのではないのかな?加藤清正は韓国朝鮮侵略したけれど、私の祖先、加藤は韓国ときっとどこかで、深く繋がっているのでしょう。

 
海割れ1                          海割れ2

 
海割れ3 手前回洞〜向こう側、茅島まで繋がる。  海割れ4 

 
海割れ 記念写真屋さん                海割れ 大収穫?

 それで、肝心の海割れは夕方6時からとなっているけれど、すでに5時半過ぎから引き始めていて、長―い長靴を履いている人は、そのときから潮干狩りをはじめているようでした。私達も父に荷物を見てもらって現場に行ってみました。歩き回るには、やはり『潮干狩りの超人』のオーボエ原田さんの助言通り、古靴下がベストのようです。

 道具と、経験と、収穫時間etcの違いで、やはり随分収穫量に違いがあります。原田超人には、ぜひ来年、初の海外ロケ?で珍島チンドに行くのをお勧めします!! 面白いと思ったのは、記念写真屋サンがたくさん徘徊?していて、結構商売になっていたことでした。

夕方7時近くでもまだ明るかったが、そろそろ潮が満ちてきて、おまわりさんが笛を吹きながら岸に上がるよう促した。でもさすがアジュマドゥル(おばはん達)は動ずることなく貝を掘りつづけていた。

 さっきのブースに戻って、ようやく瀧口さんにお会いする事ができた!タクシー乗り場を聞いて、その日のお宿プルントンサン(青東山)にタクシーで向かった。このタクシーが、なかなかのものでした。『20000?』と聞かれたので『いいえメーターでお願いします』といったせいもあるのか、半ばやけくそのように普通の道を90kmでとばす。黄色い追い越し禁止車線でも全くケンチャナヨで前の車を抜きまくり、一度は結構ぎりぎりに対向車が来てライトバッシングにあった。結局16000で雲林山房に着いた。 フー――ッ……。

 役場の職員、瀧口さんが紹介してくださったプルントンサンは模範食堂とお土産物屋サンも経営しているお店で旅館もできるように設備を整えている所でした。シャワーのお湯がまだでない以外はお部屋もきれいで、場所も雲林山房ウンリンサンバンという大変静かな良い場所にありました。そして驚いた事には屋上に14匹のチンド犬を飼っておられました。ご主人自らワンチャンたちが動き回れるように通路や犬小屋を作られたという事でした。我々は『チンド犬のお宿』と勝手に名付けました。


夕食、鳥鍋                          夕食副菜


蒸し鳥、右上のチシャ菜でくるんで食べる。    ご主人夫妻

 鳥鍋と、鳥の蒸し肉、おかゆ、マッコゥリの大ボトル。ご主人の李煕春イ・ヒチュンさんは4回日本に行かれたことがあって、日本語を勉強しているという40代の素敵な方でした。町の芸術院の職員だという事です。食事をしながら日韓両語交えて、辞書を引きながら色々お話しました。イラク戦争の事。イラク派兵反対では意見が一致して話しが弾みました。息子さんが二人居て、長男はソウル大学、次男は兵役についているそうです。日本の憲法の話。イさんは北朝鮮にもチンド太鼓踊りの演者として行ったそうです。北朝鮮の印象を聞いたら、あまりにも貧乏で、同じ民族として大変胸が傷む!と何回も日本語で語ってくれました。

 ご飯を食べた部屋は結構広かったので、予定を変えて男3人一緒に泊ることにしました。夜中暑いくらいオンドルが効いて、熟睡しました。


近くのサンギョサ大雄殿                  雲林山房、入口


博物館                            屋上犬小屋



屋上、犬遊び場                       朝のお散歩


5月7日(金)
 6時前に目が覚めて近くの尼寺、雙渓寺サンギョサまで一人で散歩。大雄殿が結構立派で写真に収めた。なんと言ってもロケーションが最高!裏山はうぐいすをはじめ、色々な鳥が賑やかにさえずっていた。登山道も整備されているようだった。夜明けで少しずつ明るくなってくる。

 7時からはワンチャンたちも一緒に散歩。雲林山房ウンリンサンバンは、朝鮮王朝時代末期の画家、小痴許維ソジホユと言う人が晩年を過ごした所で、やはり山のふもとに囲まれた最高の場所にあります。『冬のソナタ』のヨン様?が主演した、スキャンダル、という映画のロケ地にもなった場所という瀧口さんの説明でした。

 ほとんど人がいないので、ワンチャンたちは放し飼いにされて大喜び!犬好きの人にはたまらないお宿です。まだ整備中ですが近いうちに正式オープンすると思います。そしてお勘定をお願いすると…、なんと、それこそシンマン!十万? まだ整備していないとはいえ豪華な夕食と、マッコゥリ大瓶、バス停まで送って頂いて、この値段はちょっと考えられないけれど、余りご好意を無にするのも悪いと思って、気持ち一人3万ずつで,12万。無理やり少し、上積みしました。ご主人は大変恐縮して、海苔を下さったり、バス停に着いてから飲み物を買って下さったり、バスの中にお菓子まで買って持ってきてくださいました。テーダニ・カムサハムニダ!コマスミダ!
 
 
モッポまではバスで約一時間。チンドのバス停では軽食食堂がなかったので、9時過ぎにモッポのバス乗り場で朝食を食べる。ここが正解!ソウルのコソクボストミノルの食堂とはえらい違いで、私はうどんを食べたが良い味してる、しかも量も多い。キンパ(海苔巻)も、父は食べきれないくらい量が多くておいしかった。都会と地方の格差を感じる。

 
木浦文化院モッポムナウォン               モッポ 旧日本家屋

 
モッポナクチ料理、副菜                  牡蠣コチュジャン合え

 
寒天?                            ナクチビビンパ


ヨンポタン

 モッポのバスターミナルから中心部までは離れているが4人だとかえってタクシーの方が安いかもしれない。かなり美人のヨジャウンジョンス(女性運転手)さんと色々お話した。Mさんから、『加藤さんは美人だと会話の弾み方が全然違うねぇ?』とからかわれたが、ハイ!全くその通りでゴジャイマス。写真を撮って、会社の住所をメモしとけば良かったかな?! セクハラ!!

 行った先は『木浦文化院モッポムナウォン』 朝鮮王朝末期に日本領事館として建てられた由緒ある建物だ。今は2階がモッポ出身の女性作家、朴花城パク・ファソンの博物館となっている。私は何かの本で安重根に関連した資料もあるという事を読んで期待したのだが、解らなかった。係員のアガシに聞いても解らない風だった。

 そして、ここの日本語解説に、5箇所以上、文法上の初歩的な誤りがあり、係のアガシもメモを渡してくれて、熱心に聞いていたから、Nチャンを中心とする我々スタッフの大活躍で?多分、次に訪れるときには訂正されている事と思う。ついでに書くと、例の水原民俗村の、トソドソ酒の表示も、観光公社で、日本語表示ミスをなくそうキャンペーン!があったので指摘したので、多分?訂正されると思う。 またまた!しつこく言おう!! トンドン酒はトソドソ酒ではないんだぞぉ――っ!!

パク・ファソンは日本ではほとんど知られていないが韓国では有名な作家のようだ。勉強して読めるようになりたい。それにしても日本語訳の本が出版されても良いように思うが…。これと逆のこともあるだろう。日韓の文化交流はまだまだだと思う。『横浜ノネット』もいつか韓国で演奏できたら嬉しいなあ!

 モッポは正直、余り観光地として見るべき所はない。でも港町特有ののんびりした雰囲気が良かった。ソウルなどの都会とは違った昔ながらの韓国の雰囲気に浸れる。文化院の坂道を降りて港の方に歩く途中に、旧日本人街の片鱗があった。瓦屋根の形が直線なのですぐわかる。旧拓殖銀行の建物は外装工事中で覆いが掛けられて鑑賞できずに残念。

美人ヨジャウンジョンスに『モッポの涙』という歌を知っていますか?』と聞いたら、即、『知っています』という答えが返ってきた。私の知識では、植民地時代に日本に向けてお米をはじめ、色々な農産物が日本にモッポ港から送られたという事だ。そして強制徴用された人達も……。さまざまなドラマがモッポには秘められている。

 昼食は駅前の案内所のアガシに聞いて、歩いて10分ほどの○○ナクチで、食べる。名前をメモしなかったが、地元では有名な店で、結構繁盛していた。大通りを駅を背にして右に歩いて、学校を過ぎた通りを左折。横断歩道を渡って右手にある。

 
ナクチビビンパが7000、ヨンポタンが12000.。これは『地球』のほかの店にも載っていたのと同じ値段だがヨンポタンがどうして5000も高いのか解らない。でも確かに上品で良いお味がしていた。副菜も海の近くらしく、牡蠣のコチュジャン漬けとか、かなり水準が高い。もちろんナクチビビンパは最高!!見た目ほど辛くなくて、ナクチ(手長蛸)の旨味が広がる。やはり『食在全羅南道』といわれるだけのことはある。

 
お好み焼き パジョン                    マッコゥリチプ

 午後2時のバスでソウルに向かう。途中ラッシュに会ってかなり遅れるかと思ったが、それまでスピードを出したのと,休憩を一回しか取らなかったので,定刻より15分遅れただけだった。旅館に帰って近所の『お好み焼き専門店』でピンデットとパジョンを食べる。2人前7000を3個食べる。やはり専門店だけあっておいしい。表の鉄板で専門に焼いている。活気がある。ピンデットとパジョンは粉が微妙に違う。

 
旅館に帰って少し休んで,去年11月にも行った,仁寺洞インサドンの裏道ピマッコルにあるマッコゥリチプに父を除く三人で行く。おかみさんはなんとなく覚えてくれたみたいだった。非常に変った店だが,意外にホワイトカラーや若者,女性だけのグループが多い。

 女将さん、単にアジュマというよりおかみさんと呼ぶのがふさわしい。日本語のひいふうみいよおいつむうななや…、にあたるハナトゥルセネタソッヨソッイルゴブヨドルアホブヨル,と続くわけだが日本語では十とう,までしかないが韓国語では何と!100までこの呼び方がある。それで忘れかけた10,20,30,…の呼び方をおかみさんに教わってしまった。ヨル,スムル,ソルン,マフン、シュイン,イェスン,イルン,ヨドゥン、アフン,…。100もあったけれど忘れた。


ハンデクク                          店長アジョシ

5月8日(土)
 
朝はゆっくりして近所の ハンデククに食べに行く。干し明太のスープとご飯,キムチがついて2000!普通はスープにご飯を掛けて雑炊のようにして食べるが、いやな人は別々に食べても,もちろんかまわない。ソウルに泊るときの朝の定番になっている。初めて店のお兄さんの写真を撮らせてもらう。その後何回も見たのであまり記憶がないのだが、裏のタプコル公園見学。

 タクシーで昌徳宮チャンドックン見学。10時半から日本語ガイドさんがついての見学となる。今回のガイドさんは日本でも暮らされた事があるという自己紹介で、結構流暢な日本語だった。今回は工事中だった奥の秘苑ピゥオンが全部公開されて、新緑に映えて楼閣がきれいだった。ここは何回来ても新しい発見がある。毎日のようにこういうところを散歩したら、確かに世界観が変るでしょうね。


昌徳宮チャンドックン大雄殿               昌徳宮・秘苑1


秘苑2                            秘苑3

日本語ガイドさん                  南舗麺屋ナンポミョノク・冷麺ネンミョン


 
お昼はタクシーで南舗麺屋ナンポミョノク。鐘閣チョンガkを少し南に行った所にある。好みはあるだろうが、私はソウルで5本の指に入る冷麺屋さんだと思う。1人前6500。父は前回来た時、器械が壊れて、食べられなかったまぼろしの冷麺屋だ。 本当においしい!!スープも麺も…。何回も通った店だが、今回はじめて替え玉というか麺だけお代わりのある事に気がついた。1人前4000で2人前追加。

 旅館に帰って少し休憩して、宗廟チョンミョ見学。Nちゃんが言っていたけれど、代々の王様でここのお墓に入れなかった人はすごい差別感を持ったと思う。隣には入れなかった王様のお墓もある事はあるが……。それにしても立派な建物だ。韓国一の長い建物で世界遺産にもなっている。

 旅館で一時間ほど休んで、タクシーで安重根記念館へ。私も前回は工事中で初めて見る所。安重根アンジュゴンは日本では伊藤博文を暗殺したテロリストとして教えられているが、韓国ではアジアの平和を踏みにじった伊藤博文を、戦闘行為で倒した英雄として賞賛されている。

 つまり彼は祖国を救うための義勇軍に入って、その目的の一環として伊藤を倒したからテロではないという見解です。正直に言って彼の高い文化性とか止むに止まれぬ気持ちは良くわかるが、やはり行為そのものは、やはりテロではないかというのが正直な気持ちです。でもそのときの社会情勢ではあのような手段をとるしかなかったのかなぁと言う気もします。ウー―ン?結論は出さずに、立場を保留したい。

 
それから、伊藤博文の罪の一つとして明治天皇の父親の殺害を図った、と書いてあったが事実だったのか?調べて見たい。係の人は親切に日本人用の映像を見せてくれた。


明太子屋・御主人夫妻                  旅館近所のビビンパp


 旅館に帰り、MさんとNチャンに付き合ってもらって、三人で登山具屋さんに買い出し。広蔵市場カンジャンシジャンでいつもの明太子屋さんに挨拶したら、明日は日曜で休みとの事。急遽買うことにした。私は現金を持っていなかったのでカードで支払う。明太子、チャンジャ(明太の内臓のコチュジャン漬け)、トラジの根のコチュジャン漬けを買い求めた。二人も明太子やチャンジャを買っていた。御夫妻の写真を撮らせてもらう。Mさんは奥さんと一緒に撮りたかった様だ。確かに、きれいな人だ。

 旅館に帰って近所の食堂で食事。ビビンパと、Mさんはカルビタンを食べる。いずれも5000だが、おいしい!量も十分にあり、やはり豊富な副菜もついている。鐘路チョンノの繁華街まで出なくても旅館の近所においしい所が結構あることに気がつく。


5月9日(日) 雨 
 今朝も朝ゆっくりしてハンデククに食べに行く。MさんとNちゃんはヘジャンククを食べる。少し味を見させてもらったが,私はこの店ではハンデククの方を選ぶ。

 
雨が降っていたので、タクシーで国立中央博物館へ…。このときの運転手がソウルでは最近めったに見られない悪質運転手だった。割合年寄りだったが、日本人に対して悪意を持っているのだろうか?それにしてもひどすぎる。乗って『国立中央博物館、お願いします。』と言ったが怪訝そうな様子『景福宮です。キョンボックンイムニダ。』といったらわかった様子。ところが入り口の門まで行ったら何とユーターンするではないか?!

 私はかっとなって『どこまで行くんですか?景福宮はあそこですよ?』と言ったら何と『徳寿宮トクスグンがどうのこうの』と言い始めるではないか?私はおもわず関西弁で『キョンボックンいうたやろ!これ以上払わんで!』と言って2000ウォンを運転手に突き出した。それでも怒りが収まらず『警察に申告します。キョンチャルエシンゴハムニダ!』と言ったらさすがに顔色が変った。でもお詫びの言葉は、全く無かった。確信犯である。 実害はなかったから申告はしなかったが、もし、お金を多く取るようだったら、会社と車の番号、名前を控えて本当に申告したとおもう。今思い出しても本当に腹が立つ……!!

 
博物館は仏像の部屋が修理中で見られずに残念。それでもやはり青磁と白磁は何回見ても良い。他の部屋も全部見ようとおもったら最低半日はかかる。日曜だから、子供達は来ないと思ったら甘かった。ボーイスカウトか、課外活動で10時半を過ぎたらやはりワイワイとなった。


                  イテウォン・シゴルパpサン

 お昼は梨泰院イテウォンにある田舎食膳シゴルパプサンに行った。イテウォンはワールドカップで地下鉄6号線が出来たので、地下鉄で行けるようになった。チゲもいれると一人10品目、37品の違ったおかずの皿が並ぶ。まさに壮観!カメラを撮りまくる。お給仕のアガシ?はチンドの食堂みたいに愛想無し。終って外に出たら丁度ここの社長さんがいて、この人は正反対にお愛想満々。この落差はなんなんだろう?かえって日本のようにマニュアル通りに不自然な愛想を振り撒かれるよりは良いけれど…。

 
その後地下鉄に乗り、お土産の海苔買いに、南大門市場まで行く。おいしい海苔だったが特に安い!というほどでもなかった。Nちゃんは結構買ったようだ。色々なおまけがたくさん付いた。店員さん達は日本語ペラペラ、お話によるとこの店のお客は9割が日本人だと言う。今度ロッテのデパ地下と比べて見るのも良いかもしれない。

 旅館に帰って休憩して近くの雲○?宮ウンヒョングンに行く。午後5時から伝統音楽を演奏するという事で行ったのだが…。ニューミュージックのインディー系の音楽だった。かなりのボリュームだが、伸びやかなボーカルと、リズムの切れが良い。かなり上手なバンドだった。ウンヒャングンは朝鮮王朝最後の王様が一時期過した宮殿だが、渋い木造建築が残っている。でもかなり雨脚が強まって見学どころではなくなった。もう一度訪れたい。


豚足チョッパルとスンデ                  屋台のアジュマ

 
時間はまだ夕方7時前で早かったが、広蔵市場カンジャンシジャンの屋台で最後の晩餐。屋台と言っても屋根があり雨でも大丈夫。結構チョッパルや、スンデをお持ち帰りの人が買いに来たりして、私はおいしい所だとおもう。もう5回くらい来ているから馴染みかな…?カンジャンシジャンはソウルで初めての常設市場でかなり古い歴史がある。地元の人がほとんどで、私のもっとも好む場所だ。

 もちろんマッコゥリ、ソジュ(焼酎)を飲みながらのつまみが主流だが、食事だけでも全然かまわない。チョッパル(豚足)、スンデ(韓国ソーセージ)、チャプチェ(春雨炒め)、キンパ(海苔巻き)、オデン、ヨルムキムチ(青菜キムチ)、そしてマッコゥリを4本飲んで32000!!一人800円弱。 これは安いです。そしてこれは今回の発見。屋台とか、値段のあまり決まっていない食堂は大体人数分でキッチリ割りきれる計算をしていることに気がつく。日本人は割り勘が当たり前だと言う配慮なのかな…。


5月10日(月)
 
成田、関空組とも10時インチョン発なので6時に出発してキンポ空港まで地下鉄、800。雨脚が強く両手にも荷物があるのでどうしようかと思ったら、旅館のお兄さんがビニール傘を背中に差してくれた。キンポからバス。料金は4500に値下がりしていた。絶対帰りはこのコースが確実で安い。

 
千葉から、父を山形まで車で送り迎えは結構大変だったけれど、親孝行だと思う事にしよう…。


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