今年も、もう一度、釜山・プサン泊

          鎮海・チネ、慶州・キョンジュの花見

                                   加藤洋男

 昨年2014年は、4月10日からプサンに泊りチネとキョンジュの花見、と思ったが一週間遅かった。今年は3日から7日までもう一度プサンに泊まって、花見をした。メンバーは茂原のNさん女性、フワクのHさん男性、Yさん女性、新ハイのSさんと奥さん、それに私の6人。Sさんの奥さん以外は韓国に何回か一緒に行っているメンバー。私、今回韓国行き43回目…。昨年と同じ、プサンイン・モーテルに泊まって、チネとキョンジュに行った。広いオンドル部屋に男女3人ずつ泊まって一部屋一泊5万ウオン4泊40万ウオンを6人で割ると約6万6千670ウオン、約7330円で泊まれた。

 

2015年4月3日(金)

 予定通り、エアプサン航空でプサンの金海・キメ空港に午後4:15に着いて、私だけ1万円分両替。予想通り100円が860ウォンと余り率がよくない。私とNさんはTマネーカードを使って、後の4人は両替所までの交通費を立て替える。空港から少し離れて金海釜山・キメプサン軽電鉄というモノレールのような電車に乗り、砂上・ササンから地下鉄2号線(プサンでは都市鉄道・トシチョルドと呼ぶが、英語では同じmetro・メトロ。)西面・ソミョンで1号線に乗り換え、釜山駅・プサンヨックで降りて徒歩5分の便利な所に旅館はある。
 
部屋割りを済ませて、地下鉄で二つ目の南浦・ナンポに何軒か民間両替所があるので、そこでと思ったが、また街頭両替のおばさん・アジュマ(おばあさん・ハルモニ?)が復活していたので、そこで両替。率は100円が900ウオン。一番率が良いときで1500ウォン位の時があったが、暴走バカ安倍ちゃんの円安政策のせいであまり海外旅行の旨味がなくなった。一昨年から5万ウォン札が登場したのであまり財布が分厚くならなくなる。殆んどウォンのみで表記、0.11倍すれば大体の円になる。


 南浦・ナンポの居酒屋 金曜夕方なのに人通りがない

ガイドブックに載っている食事の店の場所を両替アジュマに訊いたら、知り合いの店があるということで、別の所に連れて行ってもらった。少し遠かったが、石井・ソクジョンという豚焼肉屋でかなり分厚いテジカルビを食べた。一人3千円くらいで値段は張ったが、おいしかった。

 

 

44日(土)

 8時からキョンジュでマラソンがあるということで6時のKTXに乗って新慶州・シンキョンジュまで行く。旅館がプサン駅のすぐ側なので便利だ。1万1千ウォン、料金は高速バスの約倍で時間は半分、約30分。時は金なり…。新キョンジュから市街まではバスがかなり出ている。値が少し上がって市内一律1500ウォン。タクシーは初乗り料金が上がったのでバスに限る。高速ターミナルすぐ側の、プガン食堂・シクタンでファンテヘジャンクク・干し鱈の雑炊を食べる。7千ウォン、美味しい。


 干し鱈の雑炊 混ぜた後なので見かけは悪いが
 マシッソ・美味しい! 

 バスでマラソンスタートの普門湖・ポムンホ行き10番のバスを待ったがいくらたってもこない。後でわかったのだが、マラソンのため一方通行や通行止めで来るはずがなかった。タクシーに乗ったが迂回していくのでメーターが上がった。それでも2万ウォン、一人600ウォン。近くまで行って詰まって動かなくなったので、すぐ降りて歩いた。この道が素晴らしい桜並木で、満開だった。









 ちょうど15年前、父母を連れてキョンジュにも行った時に、桜が植えられたばかりで「あと10年くらい経ったら素晴らしい桜並木になるね…」と父母が話し合っていたのを思い出した。

 4車線の道路は一方通行にして、2車線は通行止めにして、フルマラソン、色々な距離のマラソン、ウォーキング、壮大な規模のイベントだった。日本からの参加もあって世界各国の国旗に混じり、日の丸の旗も翻っていた。スターバックスがあったのでみんなでコーヒーを飲んで休憩。Hさんが持っているスコッチのシーバイスを垂らすと実においしくなることを発見。




   サックス演奏            エキスポ公園 ?建物

 バス乗り場までかなり歩いてバスで市街に戻った。道路はラッシュ状態で会場を抜け出すまでかなり時間がかかった。昼食は名物のサムパプ・包みご飯定食。大陵苑・テヌンウォンの古墳の周りに何件かの専門店がある。ちょうど昼時で3軒ほど満員だったが空いている店があったので入って食べる。1万ウォンで色々なおかずやご飯を色々な葉っぱで包んで食べる。何回か食べたが栄養のバランスが良い。私は包んで食べるのが面倒で邪道だが葉っぱとおかずをお箸で別々に食べるようになった。



食後、大陵苑の中にある天馬塚古墳・チョンマチョンコブンなどの古墳群、あとは歩行コース(レンタ自転車でも良い)を歩いて膽星台・チョムソンデで記念写真を撮る。ここは以前東洋最古の天文台といわれていたが、今では異論もあるようだ。途中、満開の桜の景色が美しい。もっと足を伸ばして、雁鴨池・アナプチ見学。647年に文武王が築いた庭園とされている。新羅滅亡と共に破壊されて美術品なども全て池に投げ捨てられた。15年前ほどに発掘されて慶州国立博物館に展示されている。





     チョムソンデ 唯一の記念集合写真


   アナプチ公園の桜 
この下で宴会をやろうと思ったがそんな雰囲気ではない

ここにも桜が咲いていて、ここでささやかに?宴会などと昨年考えていたが、韓国人は日本人のように桜の下で宴会をする習慣は無いようだ。でも翌日行くチネの公園では、ちょうど桜の木の下に、禁煙、禁酒区域という看板があったから同じことを考える人はいるのだろう。199916年前に『銀婚の旅、6回目の韓国』で麗水・ヨースの亀甲船・コブクソンという豊臣秀吉と戦った韓国水軍の復元船の駐車場でアジョシ、アジュマが盛大な宴会をしていた記憶があるから、例外もあるのだろうが…。この時は、すれ違うバスの中でも歌い、踊りの宴会をやっていた。

プサンへは高速ターミナルからバスで帰った。途中雨が激しく降ってきた。お金は半分だが、時間は倍以上かかる。と言うのもプサンの高速バスターミナルは1号線の終点、老圃・ノポにあるので地下鉄に乗ってプサン駅まで30分以上掛かる。ただプサン・キョンジュ間のKTXは殆んどトンネルなので景色を眺める楽しみはない。

地下鉄で直接、チャガルチ市場まで行って刺身を食べようということになった。ガイドブックに載っていたテジチョパプという店に入った。エスカレーターで2階まで上ってすぐの店。何とそこは3年前に知異山・チリサンにのぼった時に行った店だった。看板?おばあさんがいてわかった。平目、ホヤ、ナクチ・手長蛸(まだクネクネ生きている)の刺身。山葵は生おろし山葵だった。太刀魚の塩焼き。それぞれ小さいサイズを六人で食べてちょうどの量。値段は一人、約2万ウォン。


   生おろしワサビ(アジョシご自慢のようだった)     ホヤ マシッソ!!


           平目


   太刀魚塩焼き                       ナクチ・手長蛸 まだ動いている
 

45日(日)

 今回の花見の、最大のお目当て、鎮海・チネまで地下鉄の砂上駅・ササンヨクから市外バスに乗って行く。ササン駅そばのセルフサービスうどん屋でテジウドン、6千ウォン。おかずもセルフで食べたいだけ取れる。お代りもできると書いてあったが、ボリュームたっぷりで、おいしくて大満足。昨年もハングル教室の工藤さんと食べた。

バス乗車時間、約1時間、5100ウォン。市内に近づくと道路の両側に満開の桜が出迎えてくれる。バスを降りてまず、帝皇山公園・ジェファンサンコンウォン。モノレールに乗りたかったがかなり並んでいたので365段の階段を登る。あいにくの小雨模様で眺望はない。宴会のできる場所があるが、『禁酒禁煙区域』のハングル表示がある。降りは余り並んでいなかったので、モノレールで降る。何故か料金は取られなかった。

 
  365段階段             清潔で快適なこの地域は
                    禁煙禁酒区域です。 チネ保健所
                        
禁煙・禁酒区域

 
  降りモノレール


    博物館内 写真

その後歩いて、海軍士官学校の桜見物。普段は立ち入り禁止だが桜祭りの間だけ通れる。大阪造幣局通り抜けの大型版だ。市内はやや散り初めの感があったが道の両側の桜は超満開。港まで片道40分ほど往復歩いて堪能した。港には韓国海軍の軍艦とアメリカの軍艦が停泊していた、韓国の船には乗せていたが、長蛇の行列でパス。アメリカの軍艦は撮影禁止との事…!? 私の嫌いな世界だ。北朝鮮の脅威が現実にあるから仕方のない面があるかもしれないが、日本には直接の脅威がないから、武力で解決しようとしないで、平和的なASEANの様な北東アジア連合機構を作るべきだ。


        海軍士官学校内、桜並木


    左アメリカの軍艦

                                  ムルミルミョン

お昼は市内の大衆食堂で水冷麺・ムルミルミョンを食べる、4千ウォン。普通の冷麺・ネンミョンより麺は、そうめんに近い感じでさっぱりしておいしかった。食後近くの野外ステージで民俗音楽の舞台があったので鑑賞した。民謡斉唱、扇の舞、頭でのテープ回し農楽舞・サムルノリ、定番の芸能で楽しめた。サムルノリは小学生の子供も立派に演技していて感動した。


       扇の舞


        農樂舞・サムルノリ 右端の子供、小学生

バスターミナルまでの通りで屋台がものすごい規模で並んでいる。衣類や食べ物、ありとあらゆる生活用品etc.etc.……。豚を丸ごと串に刺して横にして炭火であぶっているのは初めて見る。チネ地域の特性なのか…? インディオのグループがコーヒールンバなどを達者に演奏していた。

帰りは地下鉄1号線の駅で途中降りたが、私の得意?な勘違い。その駅をプサン駅より北だと思い込んで、反対側のホームに入ったので、改札をくぐったりすり抜けて反対側ホームに行き、事なきを得た。南浦・ナンポで追加の両替。夕食まで自由行動とした。私は地図で探して南浦文庫・ナンポムンゴという本屋で、弦基栄・ヒョンギヨンという人の書いた『順伊おばさん・スンニサムチョン』という本を買う。13千ウォン。金石範・キムソクボンという在日の作家が翻訳した本を持っているので、対訳して勉強になるかなと思って買った。帰ってちょっと読んでみたが、文学は色々な言い回しがあって大変難しいが少しずつ挑戦、勉強してみたい。この本は済州島の1948年に起きた四三事件・サーサムサゴンを題材にした小説だ。三四年前に日暮里のサニーホールでの記念集会に参加した時に、弦さんが講演して、休憩の時に買い求めて、並んでサインを頂いた。南浦・ナンポの地下商店街がものすごく発達している。スポーツ専門店で特売の幅広登山帽を求める。もちろん防水の上物で2万ウォン。

夕食は旅館近くのオニャンカルビという店で済州島・チェジュドの黒豚の焼肉を食べる。美味しかったが量が多すぎて包んでもらう。

 

46日(月)

 実質的な最終日。朝は各自でということにする。2500ウォンで調理パンを駅の売店で求めたが、見かけよりボリュームがあってやっと食べた。食べ残しの焼肉もはさんで食べた。

 午前中に梵魚寺・ポモサを見学しようとして1号線の終点、一つ手前のポモサ駅で降りた。バス停がわからないので焼肉を巻いて食べるときの野菜・サンチュの種を買った店のアジョシに道を訊いた。日本語で「あそこを左に曲がって200メートルくらい」と教えてくれた。ちょうど梵魚寺入口という表示のある27番のバスが出るところだったので急いで乗った。確かにポモサという表示のバスに乗ったのだが……。いくら乗っても山の中に入らない。初めに少し走って、地下鉄ノポ駅が出てきたところでおかしいと思わなければいけなかったのだが……。もうそのバスだと思い込んでいた。1時間半ほど走って、終点は全く違う所。今回の最大のチョンボ!! バスの運転手が表示を架け替えるのが遅れて、何とポモサ入口は始発だったのだ。この日は雨が降って金井山城・クンジョンサンソンのハイキングは中止にしたが、バス代1200ウォンで往復約3時間のバス旅行をしたことになる。運転手も笑って、帰りのバス代はとらなかった。

 あらためて90番のバスで、15分ほど乗ってポモサメピョソで降りて見学。ポモサは禅宗の本山で静かな山寺。韓国は朝鮮時代仏教が弾圧されたので主な寺はたいてい山の中にある。雨が降っていたので、余計寂寥感が強い。ちょうど法会の日に当っていて、講堂の中で法話の声がマイクを通して聞えてくる。かなり寒くて手がかじかむ。


        ポモサ 大雄殿


       ポモサ 岩に名前が彫ってある

 お昼はプサン駅の側に中華街があって、早朝アジョシ3人で散歩をしたが予想より規模の大きい並びだ。面白いのはロシア料理の店も一緒に並んでいる。ロシア人のお姉さんおばさん?がいらっしゃい!と手招きをしてくれたり、そういう傾向の街でもあるようだ。ガイドブックには「深夜は立ち入らないほうが良い」と書いてあった。

『水餃子』という漢字がある店があったので1時過ぎにそこに入った。6人前を頼み、烏賊餃子ともあったので2人前追加で頼んだら烏賊はないので魚のすり身餃子にした。普通のは美味しいが、かなり大き目の餃子で1人前5千ウォン。12個ほどあったろうか、私は完食したが、かなり余ったらマダムが専用の入れ物に入れてくれた。ご夫婦は我々と同じくらいの世代だろうか?二人とも在韓の中国人で、会計の所には、孫文の写真が飾ってあった。「孫文は中国の父です。高校の時、世界史で習いました。」と言ったら、ご主人はニコニコして、そうですとうなずいていた。


               水餃子   左は魚のすり身餃子 マシッソ

 ホテルによらずにチャガルチ駅にある、韓国農協の店ハナロマートでお土産買い物。私はチョンガキムチと普通のキムチ、カワハギのような魚の干物(ベトナム製)干し烏賊等を買った。昨年オデン屋でお会いした、任東換・イムドンファンさんと電話で通じたので5時半の約束でやはり同じオデン屋さんで会うことにした。


       崔・チェさんと任・イムさん

 もう、餃子でお腹が一杯でということで、夜は各自自由にした。NさんとHさんが残って、オデン屋さんで早めに座って待っていたら、任・イムさんが崔・チェウンソンさんという30代位の若い人と一緒に入ってきた。二人とも日本語の観光ガイドをされているということだ。昨年やはりオデン屋でご一緒だった姜泰植・カンテシクさんは一ヶ月前に血液がんで亡くなられたということだ。カンさんは87歳、イムさんは82歳。次のホンオ(醗酵させたガンギエイ)を食べさせる店に行きたかったので少しだけ食べて次の店に向かった。私がまとめて払って2万ウォンと少し、安い。チェさんは用事があると言うことでそこでお別れした。


                   富平・プピョン夜市場 4月から新オープン

 ホンオの店は昨年もイムさんに案内してもらって食べた店だ。あまりお腹もすいていなかったので、4人で小、3万ウォンを頼む。ホンオにはマッコルリが合うと言うことで、ホンオをつまみに飲む。昨年最初に食べたときから、私は大変気にいった。プサンに来た時は必ず立ち寄りたい。食べながら鼻から息を出すと口の中でアンモニアの匂いが漂う。それがまことに、マッコルリと合うのである。


    フクサン島、ホンオ店


   ホンオ・ガンギエイを醗酵させた料理 私は大好き!!

 イムさんは代表的な韓国の演歌のCDをダビングしてくれたり、とても82歳とは思えない、若々しい。Nさんとも気が合って、「毎月でもいらっしゃい!」 とか、ナンパ?されていた。奥さんを亡くされて一人暮らし。二つ部屋が空いてるから、六七人は泊まれるので、ホテルに泊まらずにぜひ家にホームステイして下さいということだった。昨年も同じことを言われたので外交辞令ではないことが解った。今度はぜひお世話になりたい。

 旅館まで付き合ってくれてマッコルリ、焼酎を買ってくださり、盛り上がった。駅まで肩を組んで送っていったが、一人でお家まで大丈夫、帰られた。ただし帽子と折りたたみ傘は旅館にお忘れになって、電話をしたら翌日取りに行かれたようだ。


         プサン駅前 イルミネーション


 

47日(火)

 昨日包んでもらった餃子を、カップにお湯を入れて温め、朝食にする。美味しい!

7時旅館出発。

世話になった旅館のいつもの叔父さんと並んで写真を撮る。できるなら来年も4月初めにプサンに行きたい。念願だったチネとキョンジュの桜は思った以上に大変素晴らしかった。今回あまり見られなかったが、プサンも桜の名所があちこちにあるようだ。


     旅館のおじさん・アジョシと


               
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